「今、気になる。」─ ダンヒルの“クラシック” ─
ファッションにしろ時計にしろ、耳目を集めるトピックスは毎シーズン様変わりする。それをMEN’S EX目線でピックアップするのがこの企画。今回は、新しいクリエイティブディレクターを迎え、ブランドのオリジンに新しい形で迫る「ダンヒル」の洗練されたクラシックアイテムに焦点を当てる。
サイモンコレクションに見る
「ダンヒル」の真髄
文=矢部克已(ファッションエディター)
昨年6月、東京で開催された「ダンヒル」2024年秋冬展示会。ロンドンでのファッションショーを直に見られなかったファッション関係者も、衝撃を受けたに違いない。一つひとつのアイテムがあまりにも巧みな作りで、往年の「ダンヒル」に回帰していたからだ。

2024年秋冬コレクション
デビューコレクションは、ロンドンのナショナル・ギャラリー別館、ナショナル・ポートレート・ギャラリーで行われた。シャークスキンのチェスターフィールドコートと、同素材によるスリーピーススーツで、印象に残る強烈なファーストルックを飾った。ブラウンのナッパレザーのトレンチコートは、ダンディズムが漲る極上のアイテムである。
「ダンヒル」は、アルフレッド・ダンヒルが父親の店を継ぎ、新会社を設立したことにはじまる。1904年に、クルマ、バイク、自転車を愛する人たちに向けた、メンズウェアのショップをロンドンにオープンした。やがて、喫煙具も作り、ニューヨークやパリにも店を開く。1969年には、メンズ・プレタコレクションを開始。その間、そしていまも、英国をはじめ世界の紳士を虜にする、クラフツマンシップが活きた独創性ある商品を作り続けている。それが「ダンヒル」だ。

父親が経営する馬具製造会社で、職人の見習いとして修業をはじめたアルフレッド・ダンヒル。21歳になった1893年に店を引き継ぎ、「dunhill’s Motorities」社を設立した。パイオニア精神の持ち主だった。

1900年のモータリング・コート。重厚な革を使った堅牢な作りと細部に宿る職人技は、まさに本物の存在感だ。
「ダンヒル」が、はじめてクリエイティブディレクターを起用したのは、2008年。注目若手クリエイターのキム・ジョーンズ氏だった。職人技が冴えるプロダクトの名門「ダンヒル」に、ブランドのイメージを表現するクリエイティブディレクターが必要なのだろうか……。当時そんな声があったのは確かだ。しかし、クリエイティブが奏功し、新しいスタイルの創出に成功した。その後ジョン・レイ氏、マーク・ウェストン氏と続き、トップクリエイターのイマジネーションが不可欠になったといえる。
2024年秋冬コレクションからクリエイティブディレクターに就任したのが、サイモン・ホロウェイ氏だ。冒頭で述べた、衝撃的なコレクションを手がけた張本人。英国の伝統を受け継ぐ、いわば「ダンヒル」スタイルの復権だった。一流のテーラーでさえ少なくなった、手の込んだジャケットやパンツのディテール。ジャケットやコートに袖を通した時、本物の服に備わるオーラが身体に吸い付いてきたのだ。

サイモン・ホロウェイ氏
英国キングストン大学でファッションデザインを学ぶ。「ラルフローレン・コレクション」「アニオナ」「ジェームス・パーディ&サンズ」を経て、2023年「ダンヒル」のクリエイティブディレクターに就任。2024 年秋冬がファーストコレクションとなる。ロンドン在住。

ミラノ・ファッションウィークで発表された、ホロウェイ氏3シーズン目のコレクション。ロンドンの伝説的なテーラー、フレデリック・ショルティが1930年代に作った、ウィンザー公を象徴するイングリッシュドレープ・スーツを考察。その華々しいスタイルをコレクション全体に投影した。タキシードやカーコートなど、高度な服作りが勢ぞろいだ。
そんなホロウェイ氏のクリエイションは、キャリアを振り返ると確かな輪郭が見えてくる。
「ダンヒル」の直前に在籍していたブランドが、創業1814年、英国屈指の銃砲店「ジェームス・パーディ&サンズ」。その筋の専門家が求める機能や細部を作り出すには相応の知識も必要であっただろう。そのなかで、クリエイティブディレクターとして、ハンティングの名門にふさわしい、ウェアやアクセサリーのコレクションの基盤を築いた。
その前が「アニオナ」。在籍は7年だったが、ブランドとしては20年振りとなるメンズコレクションを復活させた。狙いは、エフォートレスでリラックス感のある服。時代に左右されないラグジュアリーの提案。カジュアルな服にも上質な素材を使う。それらを満足させた「アニオナ」での仕事が、「ダンヒル」の上品なカジュアルスタイルに発展していったのは、想像に難くない。
今季、春夏のスーツを見ると、スタイルの真髄が伝わってくる。モデルは『ボードン』と『キャベンディッシュ』のふたつ。
往年の「ダンヒル」ファンに突き刺さるのは、『ボードン』だろうか。構築感があり、モダンな英国的スタイル。肩入れがよく、軽くて張りのあるショルダーラインは絶品である。着丈もバランスのいいミドル丈。伝統的なシルエットをいまの時代に合わせる感覚に、脱帽だ。
より寛いでスーツを楽しみたい人には、この上ない着用感とモダンなシルエットの『キャベンディッシュ』。軽快なスーツに品格を備えた一着といえる。
ホロウェイ氏が生み出す「ダンヒル」は、誰が見てもすぐにわかるような、こけおどしのデザインではない。洗練されたシルエットと極上の素材を使ったアイテムをじっくりと見た時、その服の精度がわかる、英国伝統のメンズドレスの頂点にある。
[MEN’S EX Spring 2025の記事を再構成](スタッフクレジットは本誌に記載)