カーボンニュートラルへの道は1本ではない

そして、このレース期間中にサプライズがあった。ルマン24時間レースを運営するACOフランス西部自動車クラブのピエール・フィヨン会長が来日。記者会見の場でなんと2026年からルマン24時間の最高峰クラスに、水素エンジン車、燃料電池車の参加を認めると公式に発言したのだ。これに呼応するかのように、今年のルマンでトヨタは将来の参戦を見据えた水素エンジン車両「GR H2 Racing Concept」を発表した。

実はこうした流れは市販車においても起きている。2035年以降ハイブリッド車を含むエンジン車の新車販売は実質的に禁止を打ち出していた欧州だが、ドイツをはじめイタリア、ポルトガル、スロバキア、ブルガリア、ルーマニアなどの反対にあい、2035年以降も合成燃料「e-fuel(イーフューエル)」の利用に限り認める、という方針の転換を迫られることになった。カーボンニュートラルへの道は1本ではないと、欧州も認めたというわけだ。
6月10〜11日、フランスでルマン24時間レースが行われた。今年は100周年記念であり、またトヨタにとって6連覇のかかった大会だった。
ここで直前に大きな問題が起きた。突然の性能調整、BoP(Balance of Performance)の変更が行われたのだ。トヨタのマシンに37kgものバラスト(重し)が積まれることになった。フェラーリは24kg増加、キャディラックは11kg増。一方でポルシェはわずか3kg増、プジョーにいたっては±0である。
ルマン24時間は、FIA(国際自動車連盟)によって規定されたWEC(世界耐久選手権)シリーズの1戦であり、本来であればこのような直前のルール変更はありえない。にもかかわらず強行されたのだ。しかも、なぜその重量にしたのか、その根拠は明確になっていない。
トヨタ自動車の豊田章男会長は、ドライバー名のモリゾウとして、異例ながらも以下のようなコメントを出している(トヨタイムズより一部抜粋)
そこまでして他のチームを勝たせたいのか? と思ってしまった…。我々のチームはみんなそう思ってるし、そう思ったファンも多いかもしれない。
2016年にアウディが(ル・マンから)撤退し、2018年からはポルシェもいなくなって、ル・マンのトップカテゴリーはトヨタだけが残って戦ってきた。やっと今年から他メーカーが帰ってきてくれたこと、我々は心からウェルカムと思っていました。
我々がやっているのは「アスリートが戦うスポーツ」。それこそがモーター“スポーツ”。決して、メーカー同士の意地をむき出しにしたモーター“ポリティクス”ではない! と言いたい。私はドライバー、エンジニア、メカニックに、これからの100年を見据える場でレースをしてもらいたかった。予選を見ていて「ポリティクスに負けた」と思った。


レース結果は、1965年以来、58年ぶりにフェラーリ(499P 51号車)が優勝。トヨタ(GR010ハイブリッド8号車)はわずかに及ばず総合2位という結果だった。フェラーリとトヨタの戦いは、24時間レースとは思えないほどの接戦で、近年まれにみる素晴らしいレース展開だっただけに、少し残念な思いがするのも事実だ。
トヨタは、ルマン24時間と時を同じくして、報道陣向けのテクニカルワークショップで電池や水素に関する次世代技術を公開。航続距離は従来型比2倍で、コストは20%減、急速充電も20分以内を目標とする次世代電池を搭載する電気自動車を2026年に市場投入。さらに“BEVのゲームチェンジャー”とも言われている全固体電池を2027~28年の実用化に向けて開発中という。また水素に関しても、2030年に向けて商用車を中心に燃料電池車が拡大していくビジョンを提示。水素製造に関しては、デンソーや三菱化工機などと共同で取り組んでいるという。
政治も性能や技術もぜんぶひっくるめて、いかにしてイニシアティブをとるか。今後、電気自動車の普及によって差別化が難しくなる自動車業界において、生き残りをかけた戦いが本格化していくことになる。
文=藤野太一 写真=フェラーリ、トヨタ、本田技研工業、マツダ、三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY 編集=iconic