“余白”を楽しむ心構えこそビスポークを愉しくする
M.E. レジェンド級の名門からデビュー間もない新進まで、本当に幅広いテーラーでビスポークをされてきた加賀さんですが、特によく仕立てるエリアなどはありますか?
加賀 数でいうと、私が第二のホームとしているフィレンツェが多いですね。
M.E. 今回挙げていただいた“お気に入りスーツ&ジャケット”でも、5着のうち3着がフィレンツェのサルトによるものでした。同地の仕立てならではの魅力はどこにあるのでしょうか?
加賀 誤解を恐れずにいうと“格好よすぎない”ところでしょうか。ナポリ仕立てのように、着れば即お洒落に見えるというものではなくて、ある程度着る人の美意識を要求する仕立てだと思います。服に“余白”のようなものがあって、着こなしでそれをどう埋めるかが問われるという感じですね。今はだいぶモダンになりましたけれど、昔はもっと“オッサンの服”という感じでした。でも、それをいいオッサンが着ると凄くハマるんですよね。
M.E. 着る人が埋める“余白”。面白いお考えですね。
加賀 これは注文する側の心構えとしても大切だと思います。高いお金と長い時間を費やすからといって、ガチガチに全てを決め込みすぎると大抵うまくいきません。作り手側にあえて“余白”の部分を委ねることによって、自分では想像しなかった素晴らしい服が仕立て上がることがある。それこそ、ビスポークの醍醐味だと思います。私の場合、最近は生地すら自分で指定せず、作り手の提案を聞くようにしています。本当は“この生地で作りたいな”と決まっているときもあるんですけどね。
M.E. そういうときでも、自分ではあえて指定しないんですか?
加賀 そうですね。いかに相手に任せられるかということはビスポークにおいて凄く大切で、だからこそ驚きのある一着が仕立て上がるんです。なので、作り手から「加賀さん、今回はこの生地で作りませんか?」と提案があると嬉しくなってしまいますね。
軽やかでセクシー。天才サルトが仕立てた私の宝物です
Kaga’s FAVORITE

GIOVANNI MAIANO(ジョヴァンニ マイアーノ)
惜しくも幕を下ろした伝説のサルトリア・フィオレンティーナ
最盛期には約30人の職人を擁し、国外の顧客も多数抱えていた伝説的サルトリア。類いまれな仕立ての技術とセンスをもち、マイアーノ氏本人もウェルドレッサーとして知られていたが、後継者が現れぬまま高齢のため2015年に引退。「まさに天才と称すべきサルトでした。これは2009年に仕立ててもらったスーツで、前身頃が短く、非常に薄い芯地を用いているのが印象的です。ラペルの返り位置がかなり下にきているのも特徴。こういうのを“からい”襟というのですが、個人的には大好きな雰囲気ですね。精緻な仕立てとは違いますけれど、独特なセクシーさがあって、唯一無二の佇まいだと思います。私の宝物のひとつですね」