草刈正雄さん、初のエッセイ『ありがとう! 僕の役者人生を語ろう』。芸能生活50年をありのままに語る。

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まさに「どん底」。カメラが自分の正面で止まらない

はたから見ると、順風満帆にしか見えませんが。

そうでしょうね。でも、僕は先にもお話したように気が小さい人間です。モデル出身で役者としての基礎もない。芝居を本格的に学んだ人と我が身を比べては、常にコンプレックスに苛まれていました。もちろん、自分なりに経験を積み、努力もしてきたつもりです。けれども、不安はいつも抱えていました。一方で、あまりに華やかに人生が開け、仕事も順調に進んでいくので、知らず知らずのうちに自信が不安に勝り、勘違いをしていったように思います。自分でも気づかぬうちに、周りに対して不遜な態度をとるようになっていったのです。恥ずかしくてあまり思い出したくないですが。

何が起きたんでしょう。

それまで主役をやらせていただいていたのが、二番手になり、三番手になり……。それを嫌でも実感するのは撮影のときでした。今までスーッと寄ってきて自分の正面で止まっていたカメラが、スッと横に逸れていく……それを肌で感じるのは、さすがにつらいものがありました。その寂しさといったらありません。

まさにどん底ですね。

その頃はやけになって、よく悪い酒を飲んだものでした。でも、どん底の中でひとつだけ堅く心に決めていたことがあります。

それは何ですか。

どんなにつらくても惨めでも、最後までこの仕事にかじりついていくということでした。何があってもこの仕事だけは辞めない、その思いでした。

どうしてそう思ったのでしょう。

それは、幼い頃の貧しさがほとほと身に沁みていたからです。もうあの生活には戻りたくない。何があっても絶対に戻らない。その気持ちでした。どんな仕事でもいったん始めれば根気がないわけではありません。けれども、自分が一番稼げる、向いているのは芸能界だろう、そうだとしたら、どんなに不満でもいいから、食らいついていこう、と思ったのです。

2025

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