
ビームスのクリエイティブディレクター、中村達也さんが所有する貴重なお宝服の中から、ウンチク満載なアイテムを連載形式で紹介する新連載「中村アーカイブ」がスタート! 「ベーシックな服もアップデートされていくので、何十年も着続けられる服は意外と少ない」という中村さんだが、自身のファッション史の中で思い出深く、捨てられずに保管してあるアイテムも結構あるのだとか。そんなお宝服の第13弾は……?

【中村アーカイブ】 vol.13 /「ディスティングウィッシュド テーラリング」のスーツ

1990年代後半にパーソナルオーダーしたスーツです。
’90年代に入り英国調のブームが起きると、ロンドンのサヴィル ロウのビスポークテーラーが注目され、さらに90年代中ごろになるとイタリアのサルトリアやハンドメイドのファクトリーが注目されるようになりました。それにともない、ハンドの技術を多用した日本のファクトリーのモノづくりが注目されるようになり、当時はファッション誌でも日本の優秀なファクトリーが度々紹介され、日本製のスーツやジャケットがちょっとしたブームになりました。
そんな中、知り合いのモデリストから工業生産的な流れ作業ではなく、ビスポークテーラーと同じく一着のスーツを一人の職人が縫い上げる丸縫いの工房が大阪にあると紹介され、同時に愛知県の一宮で当時日本でも少なくなっていたションヘルという旧織機でビンテージ風の生地を別注で織るという企画も進み、その二つを組み合わせたBEAMS FのDISTINGUISHED TAILORLING(ディスティングィシュド テーラーリング)というラインのオリジナルを展開することになりました。
このスーツは、当時展開していたハーフムーンポケット(腰ポケットが半月状にカーブした仕様)のモデルでパーソナルオーダーしたもので、このラインのモデリストをしていた方がロンドンのビスポークテーラーANDERSON&SHEPPARD(アンダーソン&シェパード)で奇跡的に買えた(普通は生地だけ買うことはできない)ヴィンテージの生地を譲り受けて仕立てたものです。
このディスティングィシュッド テーラーリングの取り組みは、2003年にテレビ東京の「BB-WAVE.tv」という番組でも取り上げられ、日本の職人技にフィーチャーしたこだわりのモノづくりが評価されましたが、一方でイタリアの柔らかい生地と仕立てを好むお客様にはなかなか理解されず、2000年代中頃に幕を閉じることになります。
このスーツは、ある意味採算度外視で生地から時間をかけてじっくりと企画を行い、縫製も当時の既製服ではほとんどなかった丸縫いで仕立てたものなので、今でもとても思い入れのある一着です。
もし今でも採算と労力を度外視してモノづくりができるのであれば、再度チャレンジしたい企画でもあります。