
その交易の港が寂れたのはベルギーのブルージュと同じく、トゥボン河沿いの港が上流から流れてくる土砂で埋まり浅くなってしまい、より海に近いダナンにその役割を譲ったことにあったのだそうだ。
だがそれがこの町に眠りをもたらしたのが幸いしたことと、さらにはかのベトナム戦争でも戦場にならなかったために、古い町並みが今日まで保存されたのだった。
ホイアンの古い町並みは世界文化遺産に登録されていて、多くの観光客が今、その風景を楽しみにやってくるようになった。その旧市街を河沿いのほうに歩いていくと、多くの家の軒先にたくさんのランタンが花を咲かせたように吊られ、川沿いのチャンフー通りに出るとひときわランタンの数が多くなり、そして川を遊覧する無数の小舟にもランタンが燈されて、まるで光の万華鏡のような光景が出現するのだった。

トゥボン川に流れ込む支流の一つにかかる橋があり、その名を日本橋という。橋の形はなんだか中国様式と日本のそれが混ざったようなものだが、そこはかつての日本人町の名残をとどめているのだろう。橋には屋根がかかっており、その一部が寺院になっているのも面白かった。
その近くから灯篭を一つ買って精霊流しをしたのは、この4月にこの世を去ってしまった愛犬スズちゃんの魂が、極楽に行けるようにとの願いを込めたからだ。
紙製の灯篭を竹竿の先にかごを付けた道具で、橋の下の川面にそっと置くと、ふわりと灯篭は川面に浮かんで、本流のほうに流れ去っていく。
無数の灯篭が川面に浮かび、ランタンの灯りを燈した小舟が観光客を乗せて静かに動くさまは、まさに幻想世界のそれだった。ベトナムの人々もきっとこの平和な風景を慈しんでいるに違いない。あの長かった戦乱の日々から、いかにも遠くに来たものだと。

松山 猛 Takeshi Matsuyama
1946年京都生まれ。作家、作詞家、編集者。MEN’S EX本誌創刊以前の1980年代からスイス機械式時計のもの作りに注目し、取材、評論を続ける。