加藤ところで片野坂さんは入社したときからキャリア形成を考えていらしたんでしょうか?
片野坂全くないですよ(笑)。入社から5年間は大阪支店の営業で走り回って、東京に転勤して経営企画室で2年間、そこから国際部に異動して5年間はANAが路線を拡大していた時期で、年間60日くらいは海外出張で楽しい時期でした。そこからパイロットの養成計画に2年、政治に2年携わり、再び経営企画部に異動して7年。その後、人事部長を5年、営業本部長を3年、3度目の経営企画を経て副社長、そして社長になって今年で5年目、勤続40年になります。何が言いたいかというと、サラリーマンは自分でゴールを思い描いてもその通りにならないということです。上司も選べないし、部署の異動や転勤も突然やってきます。そのときに大事なのは腐らないでやりきること。私の場合、海外駐在経験がないのが弱点だと自分でも思っているんですが、国際部時代の海外出張で一つの国でなく、諸外国の考え方の違いをまざまざと見た経験が役に立ちました。加藤さんは腐らず頑張るタイプですか?
加藤「腐ったら終わり」と思っている負けず嫌いなところはありますね(笑)。ただ、多くの部署を経験される中で人間関係に悩んだ時期はなかったですか?
片野坂大阪から東京の本社の経営企画に転勤になったときの上司で相馬さんという課長がいらしたんですが、初日に意気揚々と出勤したら「今忙しいからそこに座って本でも読んどけ」と言われたんです。そして2日目の夕方にビルの喫茶店に連れて行かれて、「とにかく人間、義理と人情と恥をかくな。サラリーマンは失敗すると、それが広まってずっと付いて回るから、気をつけなさい」と。しかもこの相馬さんという人はみんなが毎日残業をしていると、自分は将棋を指している。そうして22時頃に「できたか?」と聞いてきて、そこから飲みに連れて行かれる(笑)。あるときは金曜の夕方になって月曜日の朝一番に完成してないといけない資料を一人で作れと。「わかったな。じゃ飲みに行こう」。当然、土日に出勤ですよね。日曜の夕方に相馬さんから電話がかかってきて、そこから彼も会社に来て、朝まで一緒に徹夜をして仕上げたこともありました。
加藤「実は温かい方なんですね。
片野坂上司の役員に対しても負けん気が強く、素晴らしい方でしたが、僕がパイロット部門にいた頃、まだ49歳で病気で亡くなられて、泣きましたね。
加藤私も新人時代、フジテレビのアナウンス室でお昼を食べている最中に電話が鳴ったので、丼ぶりの中に箸を入れたまま受話器を取ったら、上司に「そういう作法は繕っても相手に伝わるんだぞ」と怒鳴られたことがあります。でも、数年後になって私をご自宅に呼んで、ご家族を紹介くださったり、根底には部下への愛情がある方でした。
片野坂私も相馬さんに鍛えられたお陰で、その後どんなに厳しい上司にも耐えられました。いい上司ほど後々になって有り難みを感じるものだとわかりました。