幼少期について教えてください
「東京の大森生まれです。自宅の周囲は海苔業者が多くて、家の前には海苔が天日干しされていました。それに穴を開けるいたずらをして怒られるような子でした(笑)。活発なほうといいますか。近くに運河があって、そこから船が出ているんですね。それを見ていて、仲間と一緒に小さい船を作って漕ぎ出したこともありました。すぐに沈没してしまいまして、あっはっは」

ファッションの目覚めはいつですか?
「子どもの頃、アメリカのテレビドラマがたくさん日本で放送されて、とても影響を受けました。『ビーバーちゃん』、『パパ大好き』などは特にお気に入りの作品でした。作品に登場するのは米国の中流家庭。子どもの七三に分けた上品な髪形、お父さんのトラッドな着こなし、お母さんの夜会巻き(ヘアスタイルの一つ)など、なにもかもが新鮮でかっこよく見えたものです。小学校高学年になる頃には英語を話したり、憧れの生活の様子を見たりしたくて、アメリカに行くことを心に決めていました」
次の転機はいつ頃ですか?
「高校生の頃は当時のトレンドもあってトラッドファッション一色でした。ボタンダウンシャツやローファーを、当時着用していたように記憶しています。憧れはあったものの、アメリカへ留学するために貯金をしていて、お金に余裕はありませんでした。高校を卒業したら、渡米しかないと思っていたので、当時はアメリカ人に英語を習っていました。そして、留学先はメリーランド州。現地では日本で英語を教えてくれていた方のご両親に御世話になっていました」

「転機は大学3年生の時です。ニューヨーク出身の友人の誘いで、ニューヨークに遊びに行きました。そのとき、マンハッタンでブルックス ブラザーズに出会うんですね。マディソンアベニューの本店を見て『なんだ、これは!』と衝撃を受けて。重厚感のある店構えで、広さにもビックリしました。格式が高いお店なのに、フレンドリーに迎え入れてもらって。当時、学生のみでは手が届かなかったんですけどね。あとはスタッフが非常にかっこよかった!」
ブルックス ブラザーズが人生を変えたわけですね
「ニューヨークの本店が私に与えた影響は、強烈なものでした。地元のメリーランド州に戻ると、そちらのショッピングモールにもブルックス ブラザーズのショップがあることに気づきます。すると、英語の先生のご両親が『ブルックス ブラザーズとは、なにか』を教えてくれて。彼らにとっても、憧れのブランドで雲の上の存在だと聞かされたのです。それなのに、ご両親が卒業の時にブルックス ブラザーズの赤いレジメンタイをプレゼントしてくださったんですよ。とても気に入って、結び目が擦り切れるほど愛用していました」