日本企業のビジネスマンに「よく分からない肩書き」の人、増えていない?

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エバンジェリストにCxO…「名ばかり」肩書が日本で増える深刻

ビジネスマンの「肩書き」
肩書の解釈は企業によってさまざまだ(写真はイメージです) Photo:PIXTA

知人の肩書が部長から室長に変わった。この場合、皆さんはどう感じられるだろうか。「あらあら降格しちゃったの?」だろうか。「少人数のプロジェクトを率いるリーダーになったのね」だろうか。さて、この知人の場合は、見事に「ご出世」されたのである。

部長と課長とがいて、課長のほうが偉いという例は聞いたことがないが、室長と部長の席次は会社により異なる。部長>室長もあれば、部長=室長で、少人数のセクションの場合のみ「○○室」という名前が付けられる場合もある。あるいは室長>部長で、室長は、本部長と同格で場合によっては役員が兼務しているようなところもある。

カタカナ肩書が急増! 相次ぐ業務内容とのミスマッチ

ある研究所には、主任研究員と主席研究員がいる。この場合、多くの人が思われる通りに主席>主任だが、私は個人の勝手な思い込みで「主席」研究員は当然1人だけで、ものすごく偉い人だと思っていた。これは「中国で一番偉い人は毛沢東主席」と子どもの頃に刷り込まれたせいである。

しかし現実には、主席研究員が多数いることはざらだ。まだ駆け出しの「研究員」と、ちょっと実績のある課長級の「主任研究員」。それなりの実績を持つ部長級の人が「主席研究員」という具合だ。主席の上、最上級の役職の研究者は主幹研究員だったりする(主幹>主席>主任)が、おそらくこの肩書の人も、1人とは限らないだろう。会社員にとって肩書はとても大事なものだから、他社とお付き合いするときには、相手の肩書の序列や意味がどうなっているのか、慎重にならねばならない。

さて、もう1つ近年よく見かけるのが、肩書と業務内容が一般的な見解とマッチしないケースだ。これは、注意しないと仕事で付き合う他社に迷惑をかける可能性もある。

例えば、「ブランドマネジャー」について。本来は、ブランド全体の統括責任者であり、グローバル企業では「めちゃくちゃ偉い人」である。1つのブランドについて、商品企画から、製造、販促、広告宣伝に至るまであらゆる要素の統合(インテグレーション)をつかさどる人物だと認識されている。

しかしながら、日本では、同じ「ブランドマネジャー」という肩書を持つ人であっても、実際には広告と販促だけを担当しており、実質的な宣伝部長にすぎないことのほうが多い。取引相手に、”本物のブランドマネジャー”だと思われてしまっていろいろ要望が出されても、まったく権限がないので困ったことになる。

最近では、米国企業のトレンドをまねてなのか、さらにカタカナの肩書が多用されるようになった。「エバンジェリスト」とか「ソリューションアーキテクト」とか、業界内の人ならともかく、一般の社会人にとっては何をやっているのかさっぱりわからない。では日本語に訳せばよいのかというと、日本の従来の仕事の枠組みの中にその発想がないものだから適当な言葉がない。そのままカタカナで通すのもしかたがないが、とはいえ、やはりやりにくい。

日本企業で「名ばかりCxO」が後を絶たない理由

さて、近年頻繁に使われるようになった海外由来の肩書の最たるものが、CxOである。CEO、COO、CFO、CTO、CHO、CDO…年々種類も増え続けていて、枚挙にいとまがない。しかし、本当の意味でのCxOの役割を全うさせようとして、その名前を名乗らせている企業がどれほどあるのだろうか。

本来、CxOはまずは経営チームのメンバーである。「自部門の部門代表」ではない。CFOであれば、経営的視点があって、全社戦略があり、それに基づいて財務や経理等のお金にまつわる領域を統合し最適化するのが仕事だ。もちろん財務経理的視点から全社戦略の構築に貢献するのも重要業務である。従来の財務部門の代表たる財務担当役員とは基本的な視座の持ち方や実際のアクションがそもそも違う。しかしながら、名刺にはCxOと書き込みながらも、その現実がもともとの部門代表から何も変わっていない人がほとんどである。なぜそうなるのか。

1つは株主から選ばれた取締役が選んだCEOが自分の思想と戦略に基づきメンバーを選定し、チームを作って経営を遂行する(そして失敗すればCEOはクビになり、チームの主要メンバーが入れ替わる)という、米国企業的な発想がなかなか受け入れられない土壌があるからだろう。米国企業では、CEOが持つ経営陣の人事に対する権限はかなり大きい。

しかし日本企業では、実態として、CEOは前CEOから選ばれることがほとんどだろう。指名された新CEOは社内のバランスや意見の相違を巧みに調整して、経営陣の人事を決めなくてはならない。漸進的にちょっとずつ自分の思い描く経営陣を作るしかないのだ。上手に人間関係を整理して、自分好みのチームを自由に作れるようになるまで数年かかるし、作ったら作ったで、独断専行とか、お友達内閣とか、反対意見を聞かないなどと徹底的に批判される。だから、無難に各部門のトップが順送りで経営陣に名を連ねCxOを名乗ることになる。かくして、経営視点に欠けた一部門の代表者がCxOとなる。  

もとより、日本企業は上から下まで、”ホウレンソウ”を絶対善とし、リーダーは関係各所に配慮をしながら意思決定をしてきた。経営陣といったところで実際は部門間の調整役の寄せ集めでしかない。言ってみれば、人間関係重視のゲマインシャフト(共同社会)的な価値観のままで、利益や機能重視のゲゼルシャフト(利益社会)的な企業体を運営しているようなものである(「だからこそ成功した」という考え方にも説得力があるので、別の機会に語ってみたい)。

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