日本のビスポークに、「日本独自のスタイル」は存在する?

サイモン よくわかりました。では次に、日本ならではのスタイルというものについてお伺いしたく思います。近年の日本職人は、イギリスやイタリアなど海外で修業を積んだ人が多いですが、それらとは違う日本独自のスタイルというものはありますか?
山神 具体的には見えにくいのですが、確かに存在はすると思います。たとえば一見イタリアやイギリス風のモノを作っていても、職人自身が日本で生まれ育っているわけですから、そのアイデンティティはどこかしらに影響を与えているのではないでしょうか。
サイモン 鴨志田さんはどう思われますか?

鴨志田 当然ですが、洋服とはもともと西洋のものです。それが日本に伝わり、最初は見よう見まねで取り入れられてきたわけです。モノ作りだけでなく、アイビーに代表されるスタイルもそうですよね。で、今はかなり成熟してきた。ビスポークに関してもプロセスは同じで、今は職人たちが海外で学んだ技術を持ち帰って、それをベースとしながら各自のスタイルを確立しつつある段階。日本のビスポーク全体を俯瞰して「これがジャパニーズ・スタイルだ」といえるものができるのはもう少し先のことでしょう。たとえば日本の気候に合わせた仕立てとか、今後何らかの形で日本ならではのスタイルが確立されていくでしょうね。

サイモン 興味深いですね。日本のモノ作りはディテール偏重でクリエイティビティに欠けるとも言われていましたが、今の職人たちは非常にクリエイティブだと思います。例えばイギリスのスーツ職人や靴職人は他の分野のことにはあまり興味を示さないのですが、日本職人は様々な事柄に広く興味を持っているようですしね。ところで、日本のビスポークを今後さらに発展させていくためには後継者の育成が不可欠ですが、学校や政府の支援プログラムなどは日本にあるのでしょうか?
福田 政府のプログラムというと聞いたことがないですが、靴作りの学校はたくさんあります。また私のところではフランスとの交換留学を行っていて、毎年2名のフランス人が私の工房で研修し、こちらからも研修生をフランスに送り出しています。
山神 残念ながら、シャツに関しては専門の学校がない状況です。私の場合は、世界の色々なシャツを買って、解体して、再び自分で縫製することで型紙への理解を深めていきました。それに人体工学の視点を取り入れて独学で完成させたのが山神シャツのスタイルです。
サイモン それは大変な苦労をされましたね。では、日本のビスポークの将来は今後どうなっていくのでしょうか?

鴨志田 海外の方から見ると、日本のビスポーク市場はものすごく活況を呈しているイメージがあるかもしれませんが、実際はまだまだ小規模なものです。ただ、将来に関しては期待していますね。ビスポークをするというのは、ライフスタイルを考えること。自分をしっかり見つめなおして、いかに磨き上げるか、どうやって生きていくかを考えることにつながります。そういったビスポークの世界観は日本人の好みとも一致していますから、今後より定着して、成熟していくのではと思っています。
鏡 ただ、別の側面から見ると大きな課題もあると私は思います。ひとつは、人気に乗じてビスポークのビジネスを拡大しようとするあまり、モノ作りが画一化されてしまわないかという懸念。もうひとつは、今のビスポークを100年後、200年後に継承できるかということです。今ここにいる皆さんをはじめ、日本のビスポーク職人はほとんどが第一世代。その技を次世代に継承して、企業体としてのテーラーやシューメーカーとして存続させられるかにジャパニーズ・ビスポークの将来がかかっていると思います。サヴィル・ロウのテーラーはそれができていますよね。父親のビスポークスーツを直して、息子が受け継ぐなんて美談を耳にしますが、それもテーラーが存続していないと不可能ですから。

鴨志田 ビジネスという面で考えると、やはり日本の市場だけでは限界があります。ロンドンやナポリに海外からわざわざ顧客がくるように、ビスポークしにわざわざ日本まで行きたいと世界の人々に思わせるまでグローバルなものになれれば、ビジネスチャンスはグッと広がるでしょうね。そのためには、先ほど話に出たスタイルを持つということが鍵になると思います。まだまだ日本のビスポークは”個”の段階。これがもっと発展して、フィレンツェ仕立てやナポリ仕立てのように、あるいは有田焼、備前焼のようにジャパニーズ・ビスポークのスタイルを持てればいいですね。そうなれるポテンシャルはあると思います。

平澤 韓国の友人が以前、ヴィッラ デル コレアでのトランクショーでチッチオのスーツを仕立てたそうなのですが、それがものすごく気に入って、次は東京で作りたいとわざわざ来日してくれたんです。海外でオーダー会を開かなくても、海外の方ご自身が日本でオーダーしたいと思って自ら日本に着てくれる、そういう人たちが増えてくれたら嬉しいですよね。
鏡 今日ここに登壇されている方々が作るものは極めて高い価値があると思います。それは日本人よりむしろ海外の方のほうが正しく評価しているかもしれないですね。もったいないことに、日本にはその価値を認識している人がまだまだ少ない。
長谷川 ところで、今日は観客として、アーモリーの共同経営者、マーク・チョーさんにもお越しいただいています。日本のクラフツマンシップの価値を改めて世界に広めた立役者である彼にも、ジャパン・クオリティについて意見を伺いたいと思います。

マーク そうですね、主に2つの特徴を挙げられると思います。ひとつは、日本のモノ作りはとても特別だということ。細かいところにまで注意を払い、品質は極めて高い。これは他の国では見つけられない特性です。もうひとつは、日本というのは世界の多くの国々にとって、とても遠い場所にあるということです。自分のところから遠いところにあるものというのは、それだけで特別に見えるものですよね。今、日本のプロダクトは高い信頼性を象徴するブランドになっていますが、そんなブランドイメージはこの2つの側面によって醸成されたと思っています。
サイモン 核心を突いた意見ですね。今日のシンポジウムを通して、日本の職人の方々が誇りを持って日々邁進しているということを改めて実感しました。これからの発展にも大いに期待したいところですね。皆様、本日はありがとうございました!
