
そんなロングコートで春を迎えた今日この頃。映画『マンハッタン物語』(アメリカ、1963年)を観た。本作はアクションスターのスティーブ・マックイーンが”ダメ男”に扮する数少ない恋愛劇。一方マックイーン演じるロッキーとの一夜の過ちで妊娠してしまうヒロインはナタリー・ウッド。
この若くて未熟な2人が堕ろすの堕ろさないの、責任をとるのとらないのとスッタモンダする、シリアスな内容ながらも時折見せるマックイーンのトボケた演技が味わい深いラブストーリーだ。
“男くさいカッコよさ”のファッションアイコンであるスティーブ・マックイーン。そのマックイーンの代表的コート姿といえば『ブリット』(’68年)のバルマカーンコートが一番に挙げられるが、絶対に真似できないという意味(マックイーン以外の者がやると失敗する)では、この映画で魅せるトレンチコート姿ではないか。
宿なしでガールフレンドのアパートに転がり込む、しがないバンドマンに扮するマックイーンは、金の工面やヤミ医者探しに奔走するときはトレンチコートを。また、仕事の斡旋所に出向くときやブーケを手に彼女のアパートを訪ねるときなど、ここぞという勝負服にはコーデュロイのバルカラーコートと、状況によって上手く使い分ける。中でもトレンチコートの着こなしは秀逸で、マックイーンはベルトを結ばず襟ボタンを全部留めることで懐のさみしさ、余裕のなさ、孤立感などを表しているのだ。そりゃそうだよね。これでハンフリー・ボガードよろしくソフトを被り、襟をおっ立て、小粋にベルトをキュッと結んでハードボイルドに決めたら、「おまえ、鏡に向かってカッコつけてる場合!?」と、彼女からツッコミが入りますから。それでもカッコいい?
マックイーンって、普通の服を普通に着てカッコよく魅せる天才だね。もっとも実際は既製の服でもカスタマイズして自分流に仕上げるような、物凄く細部までこだわる人だったそうだから、決して普通の服を普通に着てたワケじゃないんだけど、それを感じさせないところがファッションアイコンたる所以。
トレンチコートといえば膝丈、もしくは膝下がクラシックとされるが、映画では膝上のややショート丈のスリークォーターレングスのトレンチを着ていて、これなら彼女の手を取り走って逃げるシーンも足さばきがバッチリだし、身長約175cmと大柄とはいえないマックイーンにもよく似合っていた。ショート丈だロング丈だと気にする自分がアホに思えてきた。
今月のシネマ
『マンハッタン物語』(1963)
[MEN’S EX 2019年5月号の記事を再構成](スタッフクレジットは本誌に記載)