粋なコート姿とその着こなし

「コートによって旬の年齢がある。トレンチは働き盛りが最も似合う」(綿谷 寛さん)
画伯 ポピュラーなコートはその種類ごとにスタイルアイコンがいますよね。
先生 有名どころで言うと、映画『カサブランカ』のハンフリー・ボガートのトレンチ姿でしょうか。ちなみにトレンチは20世紀初頭に塹壕戦用の防水外套として生まれたもので……って、もう歴史の話はいいですね(笑)。ただ彼がミリタリーアウターのトレンチを街着へと広めたのは間違いありません。
画伯 ボギーはトレンチのウエストベルトを前で無造作に蝶結びして、ドレープを強調して着ていた。あのベルトを後ろで結んでる人を見かけるけれど、みっともないからやめてほしい(笑)。
先生 ボギーはトレンチを着る際、帽子だけかぶって傘を持ちません。あと巻き物もしない。軍服を出自とするトレンチらしい着こなしですが、その潔さがとても粋。そのフレンチ流の着こなしが『サムライ』のアラン・ドロン。
画伯 襟を立て、前ボタンを全部閉じて着ているんだよね。あのストイックさは真似するべき。かくいう僕はトレンチを一度も着たことがありませんが。
先生 それはまたどうして?
画伯 若いうちにまだ自分には早いなと思っていたら、時期を逸してしまった。やっぱりコートには似合う旬の年齢があると思うんです。トレンチは40?50代の働き盛りが一番似合う。今ボクが着ると哀愁が漂いすぎて(笑)。
先生 今着てもお似合いだと思いますよ。でも若い頃に無理して着てもよかったのでは? コートは着ているうちにその人に馴染んできますから。

先生:着続ければ様になりますよ
画伯 一方トレンチと並ぶビジネスマンの定番コートであるステンカラーのアイコンといえば……『パリの恋人』のフレッド・アステアや『ティファニーで朝食を』のジョージ・ペパードかな。前者はカメラマン役で、後者は作家役。’50?60年代はクリエイター系の人が着るモダンなコートだったのかもしれませんね。『刑事コロンボ』以降、オッサンのよれよれコートのイメージも若干ついてしまいましたが。
先生 一応言っておきますと、ステンカラーは正しくはバルマカーンコート。ステンカラーは「Stand fallcollar」が訛ったもので、この語源から行くと襟を倒して着るのが正式。ニュアンスを出そうと襟を立てて着る人も多いですが。
画伯 え、僕もたまに立ててるよ(笑)。
先生 でもあまり原則にこだわらず、わかった上でのハズシならいいのかもしれません。あのジャン・コクトーなんて、タキシードに白いダッフルコートでパーティに現れたことがありますから。このセンス、痺れませんか?
画伯 ハズシなんて概念のない時代だから、さぞ衝撃だったろうね。よっぽど自分に自信がないとヤケドしそう。そういうミスマッチ的な着こなしでいうとバブアーのほうが簡単ですよね。狩猟や乗馬などのカントリーサイドが発祥ながらどこか品があり、昔からドレススタイルにも羽織られてきた。
先生 英国王室の方々もそんな着こなしをしていますからね。米国のスノッブなお金持ちの間でも、タキシードにバブアーを羽織るのが流行りました。
画伯 でもやっぱりちゃんとした場にはウールのコートを着ていくべきかな。
先生 そういう意味ではチェスターフィールドコートが一番間違いないかも。そしてそのチェスターのアイコンといえばやっぱりチャールズ皇太子。あの方はサヴィル・ロウの名店、アンダーソン&シェパードで仕立てたコートを30年以上着ています。あの”いいものを長く大切に着続ける”というスタンスはとっても英国らしいものですし、ジェントルマンを目指すすべての人に見習ってほしいです。
画伯 同店の顧客という日本人の方から聞いたことがあるんですが、コートを初めて仕立てたとき、店の人から「これで貴方はうちの本当の顧客ですね」と言われたんですって。スーツだけ仕立てているうちはまだ顧客じゃないんですよ。スーツに合わせてコートまで仕立てて初めて認められる。つまり、男のスタイルはコートがなければ完成しないって話。
先生 そういう名店でオーダーするかはともかく、コートは長年着続けるものですし、男のステイタスや人となりを映す鏡ですから、やはりそれなりのものを選ぶべきでしょうね。
画伯 自信を持って着続けること、それが粋なコート姿の秘訣ですかね。
[MEN’S EX 2018年11月号の記事を再構成](スタッフクレジットは本誌に記載)