実はいろいろあるインドカレーの中で、今「南インドカレー」がアツい理由
インドカレーと聞いてまず思い浮かぶのは、コクのあるバターチキンカレーにナン、その横には簡単なサラダとタンドリーチキン…といった料理ではないだろうか。間違いなくそれはインドだ。しかし、インドは広い。それだけがインド料理の全てではない。人種しかり宗教、宗派しかり、多様を極めるインド、13億人を抱える屈指の大国だ。 “インドカレー”にも、いろいろあるのだ。
中でも、東京では南インド料理を専門に提供するお店が続々とオープンしておりインド料理シーンは熱を帯びている。 そして僕もその熱病に冒された一人だ。
こってり、しっかりした味付けのカレーや、ナン、タンドリーチキンに代表される、日本で既に地位を確立した感のある北インド料理に比べて、南インド料理が本格的に日本に入ってきてから日は浅い。油分控えめで、スープ状のさらっとした軽いカレーが多いのも北と異なる特徴だ。また、野菜を多用し、魚を料理することも珍しくない。健康志向な現代にマッチしていると言えるし、見た目にもより鮮やかでSNS”映え”することにも後押しされ、今、人気を博している。
記念すべき初投稿で紹介したいのは、ビジネスマンの街、虎ノ門に店を構える、正統派南インド料理店「nandhini」(ナンディニ)だ。虎ノ門駅からも内幸町駅からも徒歩圏内の路面店で、開放的なテラス席もある。インド料理屋としては、かなり清潔感があり洗練された佇まいだ。店員の皆さんの応対も気持ちが良い。
初めて南インド料理屋を訪れたのであれば、「ミールスと」呼ばれるカレー定食をオーダーすることをお勧めしたい。ミールスとは2-3種のカレーに、スープ(*1)、ライス(*2)やインドパン(*3)、ピクルス(*4)、せんべい(*5)やヨーグルトサラダ(*6)やデザートがワンプレート(*7)に乗った、南インド式定食のことを指す。
信仰心の厚い人が多いインドでは、不殺生の概念が強く、ベジタリアンが多い。ベジタリアン向けと、そうでない人向け(*8)とで2種のメニューが用意されていることが非常に多い。特にタブーがない場合は、ノンベジを是非。
食す順に一家言ある好事家もいるとは思うが、ミールスはかしこまった料理ではなく”定食”だから、凝り固まる必要は無いと僕は思う。思い思いに匙を運び、味を確認するといい。ちなみに、マニアは現地に倣って手で食べるようで、それを「手食」という。
ただし、ライスと一緒に食べる時だけ、注意したいことがある。 それは、カレーにライスを浸けるのではなく、カレーやスープをライスにかけること、だ。なぜなら、ミールスはプレート上のデザート以外の食べ物を、最終的にライスに混ぜて食べられることを前提にしているからだ。
口内調味が食文化のベースにある日本人には、なかなか馴染みがなくて、人によっては抵抗を感じる行為かもしれない。しかし、南インド料理において混ぜることはマナー違反に当たらないどころか、店によっては強く推奨されている。 混ぜることのメリットは味の変化と組み合わせの多様さにある。混ぜて起こる味の変化は飽きを防げるし、単純に楽しい。
多様さで言うと、例えば3種のカレーを楽しむ際の組み合わせは、それぞれを単独で食べる場合も含めれば7通りもある。そこにさらにスープやピクルスやせんべいも組み合わせの選択肢に食い込んでくるので、1つの定食が潜在的に持つバリエーションは天文学的と言える。これが南インド料理の実に楽しいところだ。
Nandhiniは南インド料理のスタンダードに軸足を置きながら、洗練させ上品に仕上げた料理が多く、初めての南インド料理にはうってつけのレストランだと思う。上品に仕上げたといっても、辛いものは辛く、酸っぱいものは酸っぱい、 スパイシーなものはしっかりスパイシー。単品でも楽しめる一皿一皿はコントラストが利いているのに、混ぜると渾然一体となって新しいハーモニーを体験することができる。実直、丁寧、本流……そういったキーワードがぴったりの良店だ。
ちなみにインドのおかずクレープ(*9)と、レモンライス(*10)も、大変美味。それはまた後の機会に……。
カレー初心者必見! 超分かりやすい、スパイスひとこと解説
*1.野菜スパイススープのサンバルや、タマリンド(梅干しのような酸味のあるスパイス)が利いたトマトスパイススープのラッサムなど。さらっとした液状であることが多い。日本でいうお味噌汁的立ち位置。 *2.都内の南インド料理店では、バスマティライスと呼ばれる長細い香り米が提供されることが多い。Nandhiniもしかり。 *3.ナンを含め小麦を用いたパンの総称がロティ。南インドを謳う店において、精製された小麦粉でできたナンを出す店は少ない。全粒粉を用い、薄く延ばし焼いたクレープ状のチャパティや、それを揚げたプーリーなど、ナンよりも軽い食感のパンが多い。 *4.ピックル、アチャール、ウールガイなど呼び名は地方や料理法、お店によってさまざまだが、塩やオイルで漬けられたインドの漬物。食事の途中でライスに混ぜ込むと味が変わって楽しい。 *5.パパドと呼ばれ、ひよこ豆の粉末から作られることが一般的。パリパリしてクリスピーでビールのアテにもなるし、砕いてライスにふりかけとして食すのも歯ざわり舌ざわりにアレンジができておすすめ。 *6.ライタという。野菜のみじん切りやスパイスが入ったものもあれば、店によってはヨーグルトそのものということもある。 *7.ターリーという金属でできたお盆(プレート)に、カトリと呼ばれる同じく金属製の小鉢に料理が入っていることが多い。ターリーではなく大きなバナナの葉を炙ったものをプレート代わりにする店も少なくない。 *8. ベジorノンベジと記されているのが一般的。ベジのメニューだけで営業しているお店もある。 *9.ドーサというインドの甘くないおかずクレープ。米粉と豆を発酵させることでほのかな酸味を含む。いろいろな形、種類があり、例えば、スパイスマッシュポテトをくるんだものをマサラドーサという。 *10.レモン風味のインド式焼き飯。レモンの皮や汁とスパイスを入れて炒めたさわやかな焼き飯。パクチーや玉ねぎやナッツをいれることも。
「nandhini」ナンディニ虎ノ門店

住所:東京都港区西新橋2-22-1
TEL:03-6809-2748
スパイス鈴木 1982年大阪生まれ。某繊維専門商社にてクラシコイタリア協会に属するテーラーリングブランドの日本輸入代理店の営業マンを専任し、現在はCINQUANTA / ORIAN / McLaurenなどのイタリアブランドを中心に世界各国のブランドを日本で展開する輸入商社「Edit & Co., Ltd.」のセールスマネージャー。南インドをはじめとしたインド亜大陸料理を偏愛。