「空気をまとう着心地」を作るための超絶アイロンワークを拝見!

さて、前段にも出てきた「空気をまとうような着心地」は、どのように作られるのか? そのテクニックの一部を垣間見るべく、縫製前のパンツ生地にアイロンワークをするところを特別に見せていただいた。その超絶テクニックとは——?
「人の身体は、立体的に出来ています。パンツの形でいうと、お尻の部分は丸みのあるカーブがあり、足の後ろ部分は比較的平らで、ふくらはぎの部分は、かなり張りがある。なので美しく、かつ穿き心地の良いパンツを作るためには、”縫う前にどれだけ立体を作れるか?”ということが重要になります。そのためにアイロンを入念に当てて、”伸ばし”と”縮み”の部分を作っていきます。それぞれの人の足の形に合わせて、平面を適した立体にしていく。この作業は、”アートピース”を作るような感じです」

そう言いながら鈴木さんは、力を込めてアイロンをギュンギュンとかけ始めた。ストライプ柄のウールのパンツ地を、お尻の部分、ふくらはぎの部分と細やかにリズムをとりながら生地を伸ばし、さらに縮めていく。そうしたアイロン工程を繰り返すうちに、ペタンと平面だった一枚の布は、凹凸ができたり湾曲ができたり、またストライプの線もぐいっと曲がったりしてかなり形を変えていった。


「パンツのアイロンは、後ろ見頃で30分、前見頃で20分かかりますから、アイロンだけでもトータル50分。そして本縫いに13時間くらいかかります。ジャケットのアイロンは上半身の各パーツによって複雑に立体を作っていくので、さらに大変です!」——気の遠くなるような緻密な作業を経て、空気をまとう履き心地のパンツやジャケットは完成するのだ。

「一度伸ばしてから縫った生地は、基本、縫ってしまえばもとに戻りません。フランス人は、スーツをクリーニングするという風習もなく、着用したらブラッシングで整えます。なので生地も痛まず、20年でも着られるのです」