アイネックスの前身の会社に就職
入社したのは現在のアイネックスの前身である、伊藤用品だ。同社は当時、ネクタイのほかに二ット、カットソーなど大人向けの洋服の卸売りも手掛けていた。
J.プレスのブレザーにコム デ ギャルソンの白いシャツ、グリーンのレジメンタルタイ、チノパン。仙田さんは入社式の着こなしを、いまも鮮明に記憶している。
「そうしたら、社長に『そんなブカブカのシャツを着て……。買うお金がないのか?』と言われまして。うちで売っているものがあるからと、商品を着せられました(笑)」。
お聞きした当時のおもしろい思い出話をもうひとつ。
「メンズビギ(MEN’S BIGI)のトレーナーを着ていたんです。腕に入ったロゴを見た会社の人から『メンズビッグワンか、カッコイイね』と。そんな会社でした(笑)」。
コラム:ショールームを拝見Part2
アイネックスのショールームの様子をご紹介。
マンションメーカーの友人の給料に驚愕!
さて、そんな風雲児である。入社してから大人しく社風に馴染むはずはない。ファッション好きの自負もあり、「商品や営業手法に文句ばっかり言っていました」と仙田さん。23歳の頃、ついに自分自身でブランドを立ち上げたいと会社に進言してしまった。
実はこの話には伏線がある。
「高校時代の友達が24歳のとき、東京でニットブランドを手掛けて成功していました。マンションメーカー(※)が人気の時代で、BMWに乗り、テレビに出演するうえ、代々木にマンションまで持っていました。仕事場へ行くと彼が書類に社員と自分自身の給料を記入しているんですね。見ると、そいつの給料は80万円! 僕が13万円の時代にです(笑)。あまりのサクセスストーリーにビックリして、俺も頑張らなくては。ニットもカット(ソー)も布帛もやりたいと奮起したわけです」。