「がむしゃらに働けばいい」
国立で10年間の活動のあと、Fugeeは渋谷の鴬谷に移転する。ビルの1階と2階を借りて、家賃は高額だったが「がむしゃらに働けばいい」というのが当時の藤井さんの考え。
藤井さんの腕前が本物であることを知る当時のエピソードがある。鞄づくりを始めたころはクラフト的な鞄を好んでいた藤井さんだったが、作るにつれて作風はどんどん繊細なものへと変化していった。国立時代に理想の鞄として憧れたのが、ある名門メゾンのバッグ。百貨店の売り場に週一回は足を運び、製品を観察していたという。渋谷に移って間もなく日本橋高島屋でそのメゾンの製品を展示する展覧会が行われた。
「手縫いの職人の実演があるということで、当時、関係者がこぞって見に行ったんです。僕は図々しいので、自分の作品を持参して職人にみてもらいました。すると、次の日にその人が工房を訪ねてきてくれたのです」
「彼は技術があるけれど純粋な職人ではなく、学芸員のような立場の人でした。過去の作品はもちろん、素晴らしい革製品を収集、管理するのが彼の仕事。個人的に彼と交流が始まり、彼の家に併設された工房にもお邪魔したことがあります。工房には様々な彼のコレクションがあって、まさにお宝の山。とても教えるのが好きな人で、本当に刺激を受けました。僕はパリやロンドンで『革とは何か? 鞄とは何か?』を知りたい。上質な革の匂いを嗅いでみたい、と本質に対する興味がいっぱい。革の歴史や鞣しの方法などを書き記した分厚い本を見せてもらったこともありましたね」
渋谷時代には、驚く出会いもあった。近所でテナントを貸している人が「うちの物件でも鞄の展覧会をするんだよ」と、藤井さんに声をかけに来たのだ。藤井さんが興味を持って見に行くと、そこにいたのは、なんと藤井さんが鞄づくりを目指すきっかけとなったTさんだったのだ。藤井さんは、「あなたの記事がきっかけで鞄づくりを始めたんですよ」と話しかけ、Tさんは藤井さんの工房に足を運んでくれて交流を持つことができた。なんとも人生の面白みや不思議さを感じるエピソードではないか。
コラム:藤井さんの仰天エピソード「英国で警備員に確保された!」
40歳のとき、藤井さんは初めての海外旅行で単身、英国・ロンドンへ。旅の目的は、当時、敬愛していた英国の鞄ブランドの職人に自分の作ったアタッシェケースを見てもらうことにあった。
しかし、アポもなく出かけた藤井さんは英語ができなかったため、呼び出しボタンを押したものの会話が通じない。困った挙句、会社の周りをぐるぐると回っていると、一ヶ所だけ小さいドアが開いているのを発見。のぞくときれいな中庭の奥に工場があるのを見つけ、つい無意識に中庭へ入ってしまった。中庭の真ん中を一直線に工場めがけて進む藤井さんだったが……。
「半分も行かないうちに警備員につかまってしまいました。とにかく怖くて自分の鞄を見せに来たとも言い出せず、『御社の鞄が好きだから見せてほしい』というのが精いっぱいでした」
その後、サンプルの展示室へ案内されたものの、「見たら早く帰れ」と不審者扱いで、自作の鞄を見せることもかなわなかったそう。「サンプルの展示室へ案内される途中で、工場の中を通り、歩きながらでも製作風景を見られたのは幸運でした」と、いまでは、大捕り物も良き思い出となっている。
