さて、ここからは池田さんのアーカイブの主力であるネクタイが次々に登場した。1960年代から最近のものまであり、特に1970〜80年代のものが充実している。そのほとんどは105円、315円など、格安で購入されたものばかり。なぜ、そこまでネクタイを多数買い集めているのだろう?

今では見ない個性的なネクタイが続々と
古いネクタイの魅力は、生地にあると池田さんは力説する。「まずは柄の魅力。かつてはブランド各社ごとにテキスタイルデザイナーがいて、それぞれの個性を発揮していました。そしてプリントにおいては版を起こす人、インクを載せる人と言う風に職人が分業をしていて、多くの人の手を介して生地が完成。仕立てを見ても芯地がいいですよね。人件費が安い時代でしたから縫製は手で行っています。いまのネクタイのプリント生地はインクジェットプリンターが主流になってしまったので、柄のサイズ変更や色バリエーションもPCで自由自在。その分、現場の技術者の数も少なくて済みます」。
利便性も理解する一方、池田さんにとっては、インクジェットプリンターの仕上がりが、シルクスクリーンに比べると奥行きが乏しく感じられるという。

また、いまは小紋やストライプ、無地などシンプルな柄が主流だ。生地を無駄なく効率よく使える点で、それらの生地にはメリットがある。しかし、池田さんが魅力を感じるのは個性豊かなネクタイ用のファブリック。下記のマリオ・ヴァレンティーノのネクタイをご覧いただきたい。

デザイン力と縫製技術を駆使したネクタイ
写真の一品はブランドロゴが剣先に配置されている。これだとロゴは必ず、決まった位置に収まるように仕立てる必要がある。また全体は額縁のようなV字型の柄と小紋柄、無地がミックスされ、こちらはV字型のセンターをネクタイの中心に揃えなくてはいけない。つまり、生地の分取りが悪い(無駄になる部分が多い)うえ、仕立てにも正確さが求められるというわけだ。ごまかしの利かない職人技を生かしたタイが数多く作られていた時代の空気が、きっと池田さんにはたまらないに違いない。
「1970〜80年代のものは芯地だけを見てもバリエーションが多い。ネクタイメーカーが生地のオンスなどによって使い分けていたのです。それで形を支えつつ、ディンプル周りの表情の柔らかさを生み出していました」。