江戸東京博物館館長の建築家・藤森照信さんに「日本橋」について聞いてみた

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界隈としての魅力を紐解く
日本橋の深遠を知る

江戸時代以来の経済の中心地・日本橋。日本橋がなぜ江戸の中心として存在し得たのか。その歴史と街としての見どころを、建築史家であり江戸東京博物館館長の藤森照信先生にお伺いしました。

日本橋魚河岸
日本橋魚河岸には常日頃、数多くの船が行き来し、大量の海産物が水揚げされ、江戸の街の食の中心として活況を呈していました。

日本橋は水路の街・東京を象徴していた

「そもそも江戸時代の物流といえば、水路が中心で、様々な物資は河川・運河を経て運ばれてきていました。中でも日本橋には、魚河岸があり、江戸時代から食の中心地として、まさに一等地の扱いを受けていたんですね」

流れる日本橋川は徳川家康により整備されたとも言われます。

「ですから、船の通行を妨げないように橋の中央部が高くなる、いわゆる太鼓橋の形状をしているのが、浮世絵に描かれています」

江戸時代の日本橋
【江戸時代の日本橋】歌川広重の描いた日本橋。中央部へ向かって緩やかなカーブを描く様とともに、川面には積み荷を運ぶ小舟が描かれ、水路としての役割がわかります。

流通が道路中心になるにつれ、今のような平坦な橋へとその姿を変えていきました。

現在の日本橋
【現在の日本橋】米本晋一設計の現在の日本橋は、石積みの美しいアーチを描き、上部は平坦な車道となっています。装飾の美しさも特筆ものです。

「現在の日本橋は明治44年に完成したものです。東京市の技師であった米本晋一が設計、装飾設計は妻木頼黄と、当時の名建築家たちがあたりました。それが西洋的外観に日本的な装飾という和洋折衷な仕上がりを生んでいます」

当時も今も、東京の一等地であり続ける日本橋エリア。それだけに当時、この橋の設計にかける建築家たちの意欲は並々ならぬものだったのでしょう。

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2019年VOL.304月号

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