サディスティック・ミカ・バンド始動【ロングインタビュー】作詞家・松山猛とその時代#7

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『家をつくるなら』秘話

――加藤さんの2枚めのソロアルバム『スーパー・ガス』の中で、多くの人の記憶に残っているのは、やっぱり『家を作るなら』じゃないかと思うんです。以前にも、「この曲が一番稼がせてくれた」みたいなお話もされていましたが。

松山 そう。コマーシャルで使ってくれてたからね。ちょうどCMで使い始められた頃が、長女が私立中学に入った前後ぐらいで、大学卒業するまで学費の足しにはなりました (笑)。

この歌は別にそのコマーシャルのために作ったわけじゃなくて、たまたま興味持ってくれたんだね。
当時のナショナル住宅、今はパナホームになってるけど、最後のフレーズが『ナショナル住宅』で終わるんです。それは1回こっきりの契約だった。1年だけ使ってもらって、長らく間が空いて、僕も忘れてたような状態になってたんだけど、再び使ってもらえるようになり、今でも使ってもらってる。テレビコマーシャルじゃなくて、ショールームとかに行くと、流してもらってるみたいで。だから、随分長いこと使ってもらってることになるよね。

多分、昔、新入社員だったような人が部長かなんかになって、あの歌、良かったよねっいうんで、もう一度使ってくれたんだと思うんだけどね。たまたまだけど、武蔵美を出てる知り合いが、その2度目のときの企画のディレクションしてたの。それで、うれしい話だねみたいな感じで。

ただ、時代が変わって、『草の萌えるにおいのするカアペットをひきたいと思うのであります』っていう歌詞があるんだけど、「いや、もうカーペットの時代じゃないんだよね」っていう話になって、ちょっと歌詞を変えたりはしたね。『草の萌えるにおいのするリビングに住みたいと思うのであります』って言葉に変えたかな。

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――『スーパー・ガス』の作詞は、もう東京に出てきてからになるんですか?

松山 そうだね。ちょうど自由が丘に住んでた時代だと思う。その頃は、加藤と付かず離れずな感じだったかな。加藤もミカと結婚して、あの頃、世田谷に一軒家買って、その世田谷の家に泊まりに行ったり、なんやかやはしてました。

加藤は、亡くなった景山民夫(編注:放送作家として活躍。小説やエッセイも手がけた。1998年、50歳で逝去)と一緒に、ロンドンにロールス・ロイス買いに行ったりしてた頃だね。 ロールス・ロイスを、ロンドンから送って。

――えっ、ロンドンから送ったんですか?

松山 そう。加藤は免許持ってなかったから、ミカがもっぱら運転してた。

――当時、ロールス・ロイスに乗ってるのって、かなり特別な感じだったんじゃ?

松山 まあ、日本ではね。向こうじゃ、レオン・ラッセル(編注:アメリカのミュージシャン、シンガー・ソングライター。サザンロックやカントリーテーストのスワンプロックを代表する一人。2016年没)とか、みんな乗ってたから。加藤が買ったのも、レオン・ラッセルの乗ってたやつの型に近かったな。50年代式で、なかなかいい車でしたよ。

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2019年Mar. VOL.299月号

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