【腕利き職人スーパースター列伝】~vol.5~ オーダーメイド新時代の開拓者/後編

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これまで、MEN'S EXでは、高度な腕前を持つ職人の方々を紹介してきた。彼らの持つ特別な技術は、これまでにも多くの場で分析されてきたが、実はテクニック以上に面白いのはそれぞれの人生だ。名人芸を生み出すきっかけは個性的な経歴があってこそ。この連載では、そんな名職人たちのユニークな人生を取材し、超絶技巧が生まれた背景を探ってみたい。

腕利き職人スーパースター列伝

ペコラ銀座 代表/佐藤英明さん【後編】

【前編】はこちら

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Profile
佐藤英明(さとう ひであき)さん

1967年、千葉県生まれ、館山育ち。仕立屋の家系の三代目。国内の専門学校に通ったのち、1988年パリの専門学校へ留学。そののちイタリアへ渡り、仕立て職人のマリオ・ペコラさんに師事する。5年の修行ののち帰国し、テーラーとして活動を開始。2000年に自身のオーダーサロン、ペコラ銀座をオープン。

1990年ミラノの駅前で撮影した佐藤さん
1990年、マリオ ペコラの店を探しにミラノへ行ったときに駅で撮影

憧れのペコラさんに弟子入り志願

その足でマリオ ペコラに向かい、扉を開けると、そこには憧れのご本人が。あまりに興奮していた佐藤さんは接客中なのもお構いなしにペコラさんを捕まえて、これまでの経緯と思いの丈を伝えた。マズかったのは説明がフランス語だったことだ。15分ほどの熱弁が終わるとペコラさんは「俺はフランス語が分からない」と奥からフランス語の話せるスタッフを連れてきてくれた。通訳を介し、熱心さは伝わったようで「いつから来られるんだ?」とペコラさん。なんと、あっさり弟子入りが受け入れられたのだ。

ミラノでのペコラさんとの出会いは1990年の6月のできごとだ。パリに在学中だった佐藤さんは、「夏ぐらいから」と約束してミラノを離れた。実はこのとき1990 FIFAワールドカップがイタリアで開催中。AICPを卒業することを見越してもいたが、「パリに戻る前にせめて何試合か見たいという気持ちがありました」と佐藤さん。パリに戻る前にフィレンツェでアルゼンチン対ユーゴスラビアなど、いくつか試合を見たのもいまではいい思い出だ。

コラム:佐藤さんの思い出写真館

さらばパリ、こんにちはミラノ

そして8月にはパリを引き払い、ミラノへ移った。佐藤さんはマリオ ペコラで働く意思を家族に伝えるため4月に一度、日本へ戻っている。しかし、結果は猛反対。

「父にはブリオーニなどの既製服の仕事に就くか、パリの学校にいなさいと言われたのです。それでも行きたい気持ちが抑えられなくてペコラさんの元へ向かいました」。

8月のうちは午後だけ仕事をしながら、イタリア語の学校へ通った。当面はユースホステル住まいでいいが、なるべく早く住む場所を探す必要があり、情報を得るためにも語学が不可欠となる。そこでモノを言うのが誰とでも仲良くなれる佐藤さんの人柄だ。市電で見かけた日本人らしき人に話しかけてみると、運よく語学学校を知っているというではないか。そればかりか、丁寧に案内までしてもらい、そのまま1か月の短期入学を済ませてしまった。今以上に日本人が他者に優しい時代であったが、佐藤さんを知る人なら、これぞ彼の人柄のなせる業と分かるだろう。

ミラノでの修業時代にペコラさんの仕立てた洋服を撮影したもの。左はレディース。

ミラノでの修業時代にペコラさんの仕立てた洋服を撮影したもの。左はレディース。

こちらもペコラさんが仕立てたもの。今、改めて見ても素晴らしい出来なのが写真からも分かると佐藤さん。

こちらもペコラさんが仕立てたもの。今、改めて見ても素晴らしい出来なのが写真からも分かると佐藤さん。

同じく、ペコラさんによる一着。仕立ての途中で撮影されている。

同じく、ペコラさんによる一着。仕立ての途中で撮影されている。

佐藤さんは世界中から最高の素材を吟味している。生地を選ぶのもオーダーの楽しみの一つ。

佐藤さんは世界中から最高の素材を吟味している。生地を選ぶのもオーダーの楽しみの一つ。

ペコラ銀座ではマーキスのビスポークシューズの注文を受け付けている。マーキスについては、本連載の第4回でご紹介している。

ペコラ銀座ではマーキスのビスポークシューズの注文を受け付けている。マーキスについては、本連載の第4回でご紹介している。

針山ひとつにも美意識が感じられる。

針山ひとつにも美意識が感じられる。

大きいハサミ(右)は兼吉のもので、館山の刃物店に家宝のように置かれていたそうだ。通常の大きさの裁縫ばさみ(左)は長太郎のもの。

大きいハサミ(右)は兼吉のもので、館山の刃物店に家宝のように置かれていたそうだ。通常の大きさの裁縫ばさみ(左)は長太郎のもの。

佐藤さんが愛用するシルクのステッチ糸。イタリアで仕入れたもので、すでにメーカーは廃業しているが、前もってたくさん買い置きをしていた。「太すぎず、細すぎず、非常に使い勝手がいいですね」。

佐藤さんが愛用するシルクのステッチ糸。イタリアで仕入れたもので、すでにメーカーは廃業しているが、前もってたくさん買い置きをしていた。「太すぎず、細すぎず、非常に使い勝手がいいですね」。

師匠であるペコラさんとパチリ。「1995年に帰国してからも5~6年くらいの間、ずっとミラノに戻り、ペコラさんと一緒に働きたかった」と佐藤さん。

師匠であるペコラさんとパチリ。「1995年に帰国してからも5~6年くらいの間、ずっとミラノに戻り、ペコラさんと一緒に働きたかった」と佐藤さん。

5年の修行を終え、ミラノを離れる前にペコラさんと記念撮影。指導は厳しい人であった。「最初は怒られるたびにいじめられているのかと思っていました。あとになれば、可愛がってくれていたのだなとわかります」。

5年の修行を終え、ミラノを離れる前にペコラさんと記念撮影。指導は厳しい人であった。「最初は怒られるたびにいじめられているのかと思っていました。あとになれば、可愛がってくれていたのだなとわかります」。

今日は何する?何着る?

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2019年Dec. VOL.297月号

2019

Dec. VOL.297

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